「わたしとピティナ」ep11:岸川薫先生

ピティナ60周年おめでとうございます!
創設者福田靖子先生のご著書は拝読したことがあり、ピアノ指導の地域格差をなくすべくその情熱で全国を駆け回って種をまかれ、それが今大きく結実し素晴らしい指導者の団体へと発展されましたことお喜び申し上げます。
私がピティナを初めて知ったのは、師事している先生が子どもの生徒さんたちをコンペに出場させていた35年程前でした。入賞者コンサートでの福田靖子先生の活力ある姿がとても印象に残っています。
私は6歳でピアノを始めたもののバイエルでレッスンを辞めてしまい、再開したのは高2になってからでした。晩学で無理をして入学した音楽短大での2年間は皆についていくだけでも大変でした。
3人の子育ても落ち着いたころ、声楽の伴奏やソロ演奏も再開し、新たに始めたピアノ教室が軌道に乗り始めたころ、ステップが始まりました。生徒を参加させるために指導会員になったことがピティナへの入会のきっかけでした。その後2~3年間は病気で入退院を繰り返しましたが、2度の手術を経ての快復記念として、コンペのグランミューズ部門への参加を考え始めました。7月の終わりの手術後、初めての外出が王子ホールでのグランミューズ部門の全国大会の見学でした。暑い日で銀座駅の階段を上る足がふらふらしていた感触を鮮明に思い出します。たくさんの大人の方たちが真摯に演奏されるステージを聴いて、そのリアルな緊張感、生の音、演奏する姿に新鮮な驚きと感動を覚え、たくさんの刺激を受けました。
晩学の自分がコンクールで対等に競えるレベルなのか未知数のままA2カテゴリーを初めて受けたのが2006年47歳のことでした。
コンクール自体全く初めてでしたが何とか予選を通過することができ、こんなにも努力したのは初めてというくらい練習して臨んだ本選。緊張はしましたが、自分にはこれ以上はできないというくらい納得の演奏ができたので達成感がありました。ところが結果発表で、全国進出の方と全くの同点となり、再採点の結果、私は全国大会には進めなかったことがわかりました。同点なのに、全国進出の方の陰で何の入賞にもならず、目の前でバンッ!と扉が閉められたような衝撃を受け、今まで一度も味わったことのない虚無感に見舞われてしまいました。勝気でもなく、どちらかといえば「お先にどうぞ」な性格の自分がこんなにドロドロした「悔しい」という気持ちを持っていることも衝撃でした。
次の1年は結果にこだわった参加となりました。曲は勝負曲としてリストのハンガリー狂詩曲第8番に。コンクールの前に初回開催のアナリーゼステップでアナリーゼ企画に参加。添削していただいた楽譜から新たな楽譜の見方を教えていただき、表現の幅が広がりました。このステップがきっかけとなり、それ以後も秋山徹也先生には勉強会やソルフェージュなどで現在まで長くお世話になることになります。
この年の本選では1位で通過することができ、初めての全国大会は2年前に見学に訪れたあの王子ホール。精いっぱい弾きましたがとても力んでしまいあまり良い演奏ではなかったと思います。その時A2カテゴリーに参加した方々とは今でも交流が続き、貴重な出会いとなりました。
コンペはいろいろなホールで弾いて講評をいただきとても有意義で目標になるので、毎年のルーティンとして継続して参加していました。2009,2011,2012,2013年と全国大会で5回の入選をしましたが、ぎりぎりのところでHakuju Hallでの入賞者コンサートには出られず、ステージの目の前で扉が閉ざされてしまったような悔しさを味わいました。その後5年間は全国入賞とは縁がなく、Hakuju Hallのことは諦めかけていました。
2019年、60歳になって受けたコンペは、結果は気にせず自分のベストを尽くせればよいという気持ちで参加しましたが、全国第3位に入賞することができました。6回目の全国大会にして初めて表彰式で名前を呼ばれた時の感動は忘れられません。憧れのHakuju Hallでの入賞者コンサートにも参加でき、長年見守ってくださった長沢あけみ先生にも感無量だったとメールをいただいて、お世話になった恩返しが少しできたような気持ちでした。先生、友人、生徒さん、家族。たくさんの人が聴きに来てくださり、響きのまろやかな素晴らしいホールで演奏できたことは一生の幸せな記念となりました。参加14年目にしてようやくこのホールへの扉が開いたのでした。

Hakuju Hallへの出演が叶った後も、2025年まで参加を続けました。2021年からはCカテゴリーに参加。2022年と2025年の2回の全国入選を果たし、20年で通算8回の全国大会に進出することができました。

参加20年の間にはうまくいかなかったことも多々あり、特に派手に暗譜落ちした時などは落ち込みますが、そこで思い浮かぶのはオリンピックで転んでしまったマラソンランナー谷口選手の「こけちゃいましたー」と爽やかに言ってのけた姿です。オリンピックに出るまでの努力を思うと、どんなに悔しかったかと思うのですが、アクシデントを一瞬で消化する人間力の大きさにとても感動。自分も何か舞台で失敗することがあったら「こけちゃいましたー」と気持ちを切り替え次につなげるよう心掛けるようにしています。
この20年コンペを通じて様々な素晴らしい方たちと出会いました。コンペ仲間の人たちとグランミューズ限定のステップのスタッフを数年間経験したり、コンペで知り合った東大ピアノの会OB主宰のピアノの会に長く参加させてもらい、珍しい曲のレベルの高い演奏が次々出てくるのに興味津々になったり。
2017年から2023年までは生徒と一緒にコンペに参加しました。一緒に町田支部の入賞者コンサートに出たこともとても良い記念です。何といっても指導者がコンペに参加していると、現役ならではの気持ちの共有が生徒とできるのが強みだと思います。

役者さんにも人生経験豊かな人にしか出せない味のある老人の役というのがあるように、音楽にもその年齢でしか出せない何かを表現できると希望を持っています。幸いソロ、声楽の伴奏、ボランティアなど定期的なコンサートの機会にも恵まれていますので、ステップも活用しつつ、聴いて良かったと思ってもらえるような演奏を目指して自分の活動を全うできれば良いなと思っています。
人生後半になってこんなにも充実した日々を与えてくださったピティナには感謝の気持ちでいっぱいです。
福田靖子先生ももしかしたら大人のピアノがここまで発展するとは嬉しい想定外だったかもしれませんね。

皆様の記憶に残るピティナとの思い出や、大切に保管している写真・グッズを募集しています。会員、参加者、保護者の皆様、どなたでもご参加いただけます。
あなたとピティナの歩みを文章で教えてください。(長文・メール送信も可) 人生の節目にあったピアノ、指導の現場での気づきなど、形式にとらわれず自由にお書きください。
- 初めてのピティナ参加の思い出
- ピティナでの思い出エピソード
- 私のピティナ史(ピティナとのかかわりの変化)
- ピティナで培った〇〇が今に生きています
- ピティナで見つけた宝物(生きがい/仲間/恩師/アイデンティティ…)
- 支部、ステーションの設立から今までの道のり
思い出のアルバムや引き出しの中に、懐かしいものはありませんか? 当時の様子がわかる写真やグッズを、短いコメント(200文字程度)を添えてお送りください。
- 思い出・懐かし写真(ステーション設立時、表彰式、公開レッスン、〇〇と記念写真…)
- 思い出・懐かしグッズ(昔の記念品、パンフレット、採点票…)
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皆様のご応募を、心よりお待ちしております。


