60年の軌跡は、あなたの物語の中に。特別企画「わたしとピティナ」

2026年、ピティナは創立60周年を迎えます。 「ピアノ指導者の研鑽」から始まった小さな研究会は、いまやピアノを愛する多くの人々が集う場所となりました。
初めてステージに立った日の緊張感、恩師からかけられた忘れられない言葉、仲間と励まし合ったあの日々。 そして、それぞれの地域で、音楽の灯を絶やさぬよう力を尽くしてきた先生方の想い。
60年の歴史は、こうした皆様ひとりひとりの「記憶」の積み重ねです。 この記念すべき年に、あなたの胸にある「わたしとピティナ」のエピソードをお寄せください。 皆様からいただいた大切な言葉を、未来への道しるべとして、このページに刻んでいきます。
2008年、「目白バ・ロック音楽祭」に参加する形で、目白カンタービレステーションを設立しました。「必ずバロックを一曲は弾くステップ」として、2008年6月8日、目白バロック地区を雑司ヶ谷音楽堂にて初開催して、本年26回目を迎えます。
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私とピティナの出会いは約20年前、娘が小学生の頃でした。当時は名古屋に住んでおり、娘のステップやコンペ、室内楽への参加をサポートする、いわゆる「ステージママ」として夢中になっていました。しかし、練習を義務化させてしまった反省から、娘は次第にピアノを遠ざけるように……。
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ピティナとの出会いは、私が5歳(幼稚園年長)の時でした。私にとって、保育園に通うよりも、一番幸せな時間がピアノを弾いている時でした。そんな私を見て、母が、5歳の子供でも受けられるようなコンクールはないかと当時の「音楽の友」の広告の欄を見て、福田靖子先生に直接お手紙を書いたのです。
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当かつらぎステーションは2003年に発足し、今年で24年目となります。自宅サロン「シェモザー」を本拠地にステーションスタッフが集まり活動しています。2002年12月、今では毎年恒例となっているプロもアマチュアも関係なく音楽を愛する人なら誰でも参加できる交流コンサート「大人のためのクリスマスコンサート」を開いてレポートを書いたのがきっかけで、本部事務局の實方さんからステーション設立のお声かけをして頂いたのが始まりでした。
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私がピアノ教室を創めて、生徒達に発表会以外にステージを経験させたい、無理なくステップアップできるものがないかと調べて出会ったのが「ピティナピアノステップ」でした。年々ステップに参加する生徒が増えて、お世話になっていた支部の参加者数のうち私の生徒が過半数を超えていて、
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ピティナ広島中央支部は1998年に連絡所として広島市に誕生いたしました。その時の会員数はわずか9名。私自身は「ピティナ」という名前もまだ知りませんでした。その後、ピアノステップに自分の生徒や娘を参加させ、ステップのお手伝いに参加するようになり、多くのピアノ指導者と知り合えることが嬉しかったのを覚えています。
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2007年の10月、前橋ピュア!!ステーションとして初めてのステップを行いました。それまでも高崎支部の手伝い、県内外ステップの見学や手伝い等でステップの運営の仕方など学ばせていただきました。
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創設者福田靖子先生のご著書は拝読したことがあり、ピアノ指導の地域格差をなくすべくその情熱で全国を駆け回って種をまかれ、それが今大きく結実し素晴らしい指導者の団体へと発展されましたことお喜び申し上げます。
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2005年、「京都にステーションを作りましょう」と声が上がったとき、私は思いました。――せっかくなら、“音楽の本質に触れられる自分にしかできないステーション”を作りたい。そして心に浮かんだのが、私自身の音楽を根底から変えてくれた「室内楽」でした。
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埼玉県川口市にステーションが誕生して20年になりました。当時、まだ川口市にピティナのステーションはなく、私は生徒たちを近くの池袋のステップに参加させていました。ある日、南浦和にある
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北海道支部も設立から45年を迎えましたが、その歩みは一軒一軒の先生を訪ね、対話を重ねる地道な日々から始まりました。設立当初、私は北海道中を車で走り回り、道内各地の先生方と
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わたしが初めてピティナ・ピアノコンペティションに出場したのは、幼稚園年長のときでした。同じ教室の子が参加していたこともあり、勧められるがままに初めてコンクールという舞台に立ち
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私の人生を大きく変えたのは、ピティナの指導者ライセンスとの出会いでした。一般大学出身の私を、出身校ではなく「学ぶ姿勢」と「指導への向き合い方」で受け入れてくださったピティナに、心から感謝しています。
エピソード全文へ船橋支部は伊藤楽器「エリアミュージック船橋」という部署が支部運営をしております。私たちは「エリア=地域の先生方」と共に音楽を普及していきたい!という熱い思いを持っております。
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「私たち、ステーションをやってみない…?」職場で秋元恵理子先生と何気なく会話したことが、ステーションの立ち上げとなりました。私は長年、審査員として勉強させていただき、
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私は小1から高3まで習っていたピアノを、52才で再開しました。きっかけは、映画『戦場のピアニスト」を観た事です。主人公がショパンのバラード第一番を弾く場面に
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娘は今年、A1級のソロに出場した。小学校二年生。昨年は本番前日に、学校で指を骨折してしまい、痛みが酷く、ちからが出せなかった。来年こそ。と迎えた今年のコンペ。
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ピアノを演奏して、こんなにも大泣きすることがあるのだ、しかも50過ぎのいい歳をしてーーー。こんな意外な、ある意味ショックな体験をしたのが、2013年秋に開催されたピティナ沖縄支部主催・シニアピアノコンサートの初舞台だった(沖縄支部主催のシニアピアノコンサートはコロナ禍をはさんで毎年開催)。
エピソード全文へ思い出の写真・グッズをご紹介!<
皆様の記憶に残るピティナとの思い出や、大切に保管している写真・グッズを募集しています。会員、参加者、保護者の皆様、どなたでもご参加いただけます。
あなたとピティナの歩みを文章で教えてください。(長文・メール送信も可) 人生の節目にあったピアノ、指導の現場での気づきなど、形式にとらわれず自由にお書きください。
- 初めてのピティナ参加の思い出
- ピティナでの思い出エピソード
- 私のピティナ史(ピティナとのかかわりの変化)
- ピティナで培った〇〇が今に生きています
- ピティナで見つけた宝物(生きがい/仲間/恩師/アイデンティティ…)
- 支部、ステーションの設立から今までの道のり
思い出のアルバムや引き出しの中に、懐かしいものはありませんか? 当時の様子がわかる写真やグッズを、短いコメント(200文字程度)を添えてお送りください。
- 思い出・懐かし写真(ステーション設立時、表彰式、公開レッスン、〇〇と記念写真…)
- 思い出・懐かしグッズ(昔の記念品、パンフレット、採点票…)
- メールでの送付をご希望の方はform@piano.or.jpまで
皆様のご応募を、心よりお待ちしております。















