「わたしとピティナ」ep21:武田朋枝先生

城南ステーション代表の武田朋枝と申します。私とピティナピアノステップとの出会いは2000年のことです。あっという間に四半世紀が過ぎました。まだ本部での開催が「巣鴨地区」ではなく「東京春季」という名称で開催されていた頃のことです。
当時、私のもとに保育系の大学に通っていた生徒がおりました。教室発表会以外での人前での演奏経験がほぼなく、卒業試験にむけて少ししっかりと人に聴いてもらう練習をさせたいと考えておりました。弾き合い会のようなものではなく、もう少しフォーマルな舞台を求めておりました。レベル的にはそこまで高いものではない催し物を探す。これがなかなか難しかったのです。そこで私は初めて「ピアノステップ」という文字を目にします。
彼女は4月の「東京春季」と同じ年の11月に開催された「スタインウェイ地区」に参加して、無事に卒業試験で良い成績を残すことができました。その時のことを当時の会報に掲載していただいたのは今も良い思い出です。時期を前後して、私は少しずつ小さい生徒を中心に希望者を巣鴨や池袋のステップに参加させるようになりました。
そんなある日、会報にCD-ROMの特別付録が付いたことがありました。私の記憶ではあの一度きりだったように思いますが、失念しているだけかもしれません。私にとっては、それが自分自身の大きな分岐点になりました。CD-ROMの内容のひとつに「ピアノステップガイダンス」がありました。まだまだ認知されていないステップについて説明しているものでした。何気なく観ていた動画の最後の方で「あなたの街でもピアノステップをしませんか?」というような文言が私の目に飛び込んできたのです。
私は翌日すぐに本部に電話をしていました。会員になって日も浅く、右も左もわからない状態だった私をいったい何が駆り立てたのか、今考えても不思議です。
私の住む町は、今でこそ新築の素敵なおうちや大きなマンションが増え、教育への関心が高いご家庭が多くなりましたが、当時はどちらかというと習い事には消極的な地域でした。勿論、いつの世にも熱心なご家庭はありますし、実際そうした方たちに支えられて私は仕事をしてまいりました。それでも「ピアノを弾くのに遠くまで行くのはちょっと」とか「塾のテストで指定されるなら遠くても仕方がないけれど」というご意見も多くありました。私はいたって単純な人間です。「ん?ピアノはわざわざ遠くに弾きに行くことでもない?それなら、会場が近ければいいのかしら」と考えたわけです。私のお教室だけでこの状態なのだから、ステップが近所で開催されるようになれば、きっと他の同じような考えの生徒さんたちにそれまでと違ったスタイルで発表の場を提供できるに違いない!と勝手に思い込みました。挙句、気づけばそのまま突き進んでいました。
数日後、本部から説明にいらしてくださった当時のピアノステップご担当のおふたりから、詳細に話を伺いました。ただし、正直、想像していたのとは少し違っているところもありました。誘致することで終わるのではなく、自分がステーションなるものを立ち上げて運営しなければならないことをそこで理解しました。当時の私はまだ若く、熱意だけはありましたが、さすがに「たったひとりで教えている小さな個人教室には荷が重すぎるかもしれない」とも考えました。その日から少し考える時間をいただきました。
そこからの私は、数名の社会人の生徒さんや普段おつきあいのある先生方にいろいろとご相談させていただいて思案に耽りました。最終的に「これはいける!きっとできる。ダメだったらその時考えればいい!」とゴーサインを出しました。実は決心するまでにそれほど時間はかからなかったように記憶しています。個人のステーションはほぼなかった時代ですから、落ち着いて考えれば割と大きな挑戦だったのかもしれません。それでも無事にステーション設立の承認をいただくことができました。実際の準備にかかってからは、目が回るほど忙しかったのを鮮明に覚えています。
初めて城南ステーション主催のイベントとなったのは、戸沢睦子先生をお呼びして開催した「ステップ説明会」でした。参加者はたったの4名。これは先が思いやられるとため息ばかりでした。それでも、めげずにあちこちの楽器店さんや先生方を介して、たくさんの先生方をご紹介いただきました。最初の頃には、けんもほろろでお断りされることも少なくありませんでした。スタートした頃のステップは「コンペに”出られない“子たちのイベント」という認識も強かったのです。またピティナという団体についても「なんだかすごいコンクールをしている団体」だと考えている方も多く、できるだけ丁寧にピアノステップの理念や基本姿勢、雰囲気を説明する必要がありました。スタートからの数年はとにかく「ピアノステップを認知してもらうこと」に必死でした。
記念すべきピアノステップ城南地区(現・大田地区)の初開催は2001年春でした。多くの方のお力添えを得て無事に開催できて、ほっと胸をなでおろしたのが昨日のことのようです。その後暫くは春と秋の年2回開催をしておりましたが、私の気力体力の問題もあり、2005年からはおつきあいのあったスター楽器さんに春開催(池上地区)をお願いしました。現在は大田区内だけでなく、隣接する品川区にも複数のステーションが設立されました。全国的に見てもピアノステップはみなさまご承知の通りの大規模なイベントに成長しました。
今では説明するまでもありませんが、ピアノステップは決して「コンペに出られない可哀そうな子たちのためのイベント」ではありません。自分のために自分が決めることのできる素敵なステージです。過去にはコロナ禍にあっても進化を止めずに成長を続けました。ピアノステップの成長を間近で見続けた日々は今も私の宝物です。
私自身は初心を忘れることなく、今後も参加者のみなさまには毎回たくさんの笑顔をお持ち帰りいただけるような運営をしていきたいと考えております。これまで城南ステーションが開催する「大田地区(旧・城南地区)」に関わってくださった全てのみなさまに改めて御礼申し上げます。同時に、これまで本当に気づかないような細かな部分まで改編と改良を続けてこられた本部事務局ピアノステップ担当の方々や運営委員の先生方にもこの場をお借りして心より感謝申し上げます。
ピアノステップにまつわる私の個人的な思い出が多すぎるのと、同時に思い入れも強すぎてあっという間に本になってしまいそうな勢いですので、このあたりで筆を置く…ならぬ、PCを閉じようと思います。
余談ではありますが、文頭でご紹介した保育の大学生は勤務先の幼稚園の忙しい業務の合間を縫って、現在も時間の許す時にはステップに参加しています。もちろん、運営のお手伝いもしてくれています。
皆様の記憶に残るピティナとの思い出や、大切に保管している写真・グッズを募集しています。会員、参加者、保護者の皆様、どなたでもご参加いただけます。
あなたとピティナの歩みを文章で教えてください。(長文・メール送信も可) 人生の節目にあったピアノ、指導の現場での気づきなど、形式にとらわれず自由にお書きください。
- 初めてのピティナ参加の思い出
- ピティナでの思い出エピソード
- 私のピティナ史(ピティナとのかかわりの変化)
- ピティナで培った〇〇が今に生きています
- ピティナで見つけた宝物(生きがい/仲間/恩師/アイデンティティ…)
- 支部、ステーションの設立から今までの道のり
思い出のアルバムや引き出しの中に、懐かしいものはありませんか? 当時の様子がわかる写真やグッズを、短いコメント(200文字程度)を添えてお送りください。
- 思い出・懐かし写真(ステーション設立時、表彰式、公開レッスン、〇〇と記念写真…)
- 思い出・懐かしグッズ(昔の記念品、パンフレット、採点票…)
- メールでの送付をご希望の方はform@piano.or.jpまで
皆様のご応募を、心よりお待ちしております。









